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東京地方裁判所 昭和32年(ヨ)4013号 決定

申請人 増田恒雄

被申請人 国

訴訟代理人 家弓吉已 外三名

主文

本件申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一申請の趣旨

申請代理人は

「被申請人が申請人に対し昭和三〇年九月一九日なした解雇の意思表示の効力を停止する。被申請人は、申請人に対し昭和三〇年九月二〇日以降月額一一、一八〇円を毎月一〇日仮に支払え。」との仮処分命令を求めた。

第二当事者間争ない事実

一  申請人は、昭和二八年五月一六日国に駐留軍要員として雇用され、米駐留軍横浜技術廠(Y・E・D)相模本廠に事務員として勤務し、昭和二九年一月二〇日頃より同本廠内記録作成部(M・R・D)国際統計職場(I・B・M)に運転工(Machine Operator)として勤務していたこと

二  申請人は昭和二九年一一月一八日マシン、ユテイライゼーシヨン、カードに虚偽の記入をしたとの理由で軍より懲戒解雇にするとの申渡を受け、翌一九日から出勤停止となつたが、相模原渉外労務管理事務所長(以下、労管所長という。)は、申請人を懲戒解雇にすることは不当とし、軍と交渉した結果軍は一旦懲戒解雇の申入を撤回することとなつたこと、

三  軍は昭和二九年一二月八日附書面で申請人を日米労務基本契約第七条、同附属協定第六九号により同年一一月一九日にさかのぼつて出勤停止とする旨の通知をし、これにより労管所長は申請人にその旨の通知をし、更に昭和三〇年九月一九日前記附属協定に基く保安上の理由による軍の要求により申請人に対し解雇の意思表示をしたこと

はいずれも当事者間争ない。

第三不当労働行為との主張について

一  申請人は、その職場の上司であつたランバート軍曹、フアーラー少佐が申請人の組合活動を嫌悪して、申請人をその故に解雇しようとしたと主張し、これに添う疎明を提出している。

しかし、疎明によれば、(イ)ランバート軍曹は昭和二九年一〇月七日申請人が勤務時間中前記M・R・Dのマシーン、オペレーシヨン、ブランチの責任者であつた増田和雄と約二〇分程労働条件について話し合つたこと(ロ)また右の話合のため機械から離れていた時間も申請人の機械の操作時間に含めて虚偽の報告をしたとしその結果同年一一月一八日右軍曹の上司であるフアーラー少佐は申請人に対し基地排除の措置をとり、労務連絡士官に申請人を懲戒解雇にするよう要求したこと(ハ)その頃申請人等は労管所長に米軍の申請人に対する措置について調査を求めたので、同所長はかかる措置は過酷に過ぎると考え、ダン労務士官にその旨を述べ再考を求めた。その結果ダン労務士官は同月二四日労管所長に対し要求した出勤停止をとりやめ、懲戒解雇の措置をとらず申請人を貯蔵庫に配置転換にする旨の意見を述べたこと(ニ)しかし同月二九日になつてダン労務士官は労管所長に対し、保安士官の方から申請人に保安上の理由があるという申入がなされたため、配置転換はできなくなつたと話したことが認められるので、結局ランバート軍曹やフアーラー少佐が申請人をその組合活動の故に解雇しようとしたとしてもその意図は労管所長の意見やダン労務士官の意向によつて中断され実現を阻止されたものと認めるのが相当である。してみれば本件出勤停止ないし解雇はむしろランバート軍曹などの申請人の職場の米軍人以外の保安関係機関の意図を主たる動機としてなされたものと認めるのが相当である。

申請人は「ランバート軍曹等は、申請人の組合活動を強く嫌悪し、些細なことを理由として申請人を解雇しようとしたが、失敗したので、保安解雇に藉口して不当な基地排除を維持しようとした。」と主張する。

しかし、ダン労務士官が労管所長に対し、申請人の懲戒解雇をとりやめ配置転換にすると言明した以上、その言明どおり意図したものと認めるのが相当であつて、申請人の全疎明によつても、その言明が単に一時を糊塗するだけの言明であつて、あくまで当初のランバート軍曹やフアーラー少佐のいだいた解雇をその口実に利用したに過ぎないと認めることはできない。

もつとも申請人が組合の職場委員であること昭和二九年九月一三日、一四日行われた全駐労の特別退職手当増額要求のためのストライキに際し青年行動隊長を勤めたことは米軍の保安機関にも知られていたことの疎明はあるが、その知られた時期が申請人の出勤停止前であるかどうかについて明確な疎明がない上、申請人は昭和二九年一月組合に加入し、出勤停止になるまで約一〇月間職場委員を勤めた程度に過ぎないし、出勤停止となつた時期についても、特に組合活動と関連があると認められる事情の疎明もないので、当裁判所は申請人に対する解雇が軍の保安上の必要という口実の下に真実は申請人の組合活動の故に本件解雇がなされたと認めることができないのである。

よつて、申請人の解雇は不当労働行為であるとの主張事実は肯認することができない。

第四日米労務基本契約および同附属協定第六九号に違反するとの主張について

疎明によれば、申請人に対する本件解雇は、申請人が日米労務基本契約第七条および同附属協定第六九号第一条〈a〉(2) の保安基準(合衆国側の保安に直接的に有害であると認められる政策を継続的にかつ反覆的に採用し若しくは支持する破壊的団体又は構成員たること)に該当するとされ、結局合衆国側の保安にとつて危険であるとされて行われたものと認められる。

日米労務基本契約第七条は、米国契約担当官において日本側が提供した労務者を引続き雇用することが合衆国政府の利益に反すると認めた場合はその雇用を終止すると規定され、また附属協定第六九号により、右にいう合衆国政府の利益に反すると認むべき基準(いわゆる保安基準)を定めると共に、労務者が右保安基準に照らして合衆国側の保安に危険又は脅威となると決定した場合には、日本側政府機関は、合衆国側の保安上の必要のため、右労務者の保安基準該当理由を通知されていない場合でも、また合衆国側の行う労務者が保安基準に該当するとの判断に同意しない場合でも、当該労務者に対し、合衆国側の要求にかかる人事措置を採ることを約していることが認められるから、日米労務基本契約ないし同附属協定第六九号に定める保安基準は解雇権を制限する趣旨すなわち、客観的には右基準に該当しない者に対しなされた解雇を無効ならしめる性質を有するものとして設定されたものでないと認めるのが相当である。

従つて、申請人に右保安基準に該当する事実がなかつたとしてもそれだからといつて申請人に対する解雇が右協定に違反し無効になるものとは認められない。

第五解雇権の濫用との主張について

申請人は、本件解雇は理由のない解雇として権利の濫用であると主張する。

しかし、申請人の雇用主である日本国は前記日米労務基本契約において、合衆国契約担当官がある労務者の雇用を継続することが合衆国の保安上危険であると判断した場合には、日本政府もこの判断を尊重し、たとえ日本政府機関において当該労務者にかかる危険が存するとは思わない場合でも必要な人事措置を採ることを約しているのであるから、かかる日米労務基本契約を基礎として成立している国と申請人との雇用関係においては、米軍のなした申請人が保安上危険な人物であるとの判断が客観的には理由がないものであつても、かかる事情は、右判断に基く解雇権の行使を目して雇用契約の信義に反するものないしは権利の濫用としてその効力を否定すべき事情となるものとはいいがたいところである。

第六以上のとおり申請人に対する解雇が無効であるとの申請人の主張はすべて理由がないから、本件申請を却下し、申請費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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